ふかふかした日常と大学生活の鎮魂の話(後編)


ども。休職中です。毎日どうぶつの森をやっています。なかなかカジキが釣れません。
さて、俺の残念な大学生活を振り返るこのコーナー、今回で2回目、後編です。
とくとご覧あれ。

ビギナーズユニットが終わったあと、軽音サークルの夏ライブを観に行き、その後合宿に参加した。
べろんべろんに酔っぱらった俺は、キャンプファイヤーのときに奇妙礼太郎の『機嫌なおしておくれよ』を弾き語った、というよりわめきちらした。元カノはにっこり笑って俺を見ていた。
ログハウスのトイレの前で仲直りした。よりを戻したわけじゃない。久々に話した。ぐでんぐでんの俺は「将来、社長になりたいねん」と言った。元カノは「わたしもー」と言っていた。こんな感じで仲直りできた。

そこから、秋のライブでは、スピッツを歌った。『俺のすべて』。エレカシの宮本みたいに髪をかき上げながら歌った。めっちゃ楽しかった。バンドって楽しいなと思った。
打ち上げで後輩に「アツかったです」と言われた。前まで“アツい”とか言われるのは嫌だったけど、その時はうれしかった。別に自分は、いろんなことができるかっこいい人間じゃなくてもいいやと思えた。

と、こんな感じで。ビギナーズ後は、いい感じで軽音サークル内を漂うことができた。
でも、軽音サークルとは因果な場所です。必ずトラブルはやってくる。

学園祭前に、1個下の後輩が学校をやめていることが判明。その後輩がギターボーカルでナンバーガールを野外ステージでやる予定だった。しかし、野外ステージは実行委員が管轄のため基本的に学外の人間は出演できない規則だった。
そこで、去年、ナンバガでえぐいライブをした俺に白羽の矢が立った。俺は野外ステージでレッチリを歌う予定だった。また卒論で忙しくもあった。
その学園祭で話がこじれているさなか、某演劇サークルの引退公演を観に行った。寺山修司の『盲人書簡』をやっていた。ド迫力でスペクタクルだった。見たことない、でも見たかった光景。演出も役者もくそかっこよかった。と同時に嫉妬した。あ~あ、俺もこういうの学生時代にやりたかったなあ。サブカル女子の目を気にしてかっこつけて歌っていたなあ。もっと正直にやりたいことをやればよかった、と。

翌日、俺は脳内が破裂しかけていた。ナンバーガールは断った。前編でも述べたもっさいグループの先輩の相談したら「○○(めっちゃうまいやつ)にやらせたらええやん」と即答で帰ってきた。いや、ええんやけどさ、俺の去年のナンバガはどうなるわけよ。
でも、現実的に物事を抱えすぎていた。選考中の会社から期日を過ぎても連絡が来なかった。卒論も終わってなかった。レッチリも。そしてなにより昨日の『盲人書簡』が頭のなかをぐるぐるしていた。かっこよかったなあ、俺もあれがよかったなあ。でもなれなかったなあ。
俺は自分の無力さに泣いた。思わず、元カノにLINEした。昨日の芝居がかっこよすぎて死にたいと。返信はなかなか帰って来なかった。俺は、いてもたってもいられずスマホの電源を切り家に置いたまま、アコギ一本持って鴨川へ出かけた。
とにかく歌った。レッチリのアンダーザブリッジを歌ったら、チャリに乗ったくそでけえ白人の集団に囲まれた。それでもめげずに俺は歌い続けた。でもなにも変わらなかった。俺に昨日のあれはできなかった。ビギナーズの演出家の人にLINEを送った。「芝居やりたいっす」と。
家に帰ってからも俺は半泣きでわめき続けた。壁を殴ったりした。母親がええ加減にせえとぶちぎれた。俺は実家暮らしだった。
しばらく半泣きでじっとしてたらスマートホンが鳴った。ああ、もしかして。「採用とさせていただきます」涙が止まらなかった。世界に承認された。救いの手というか、ええ男のタイミングという感じだった。
片っ端から連絡した元カノにもサークルのみんなにも演出家にもそのころ好きだった娘にも。みんなおめでとうと言ってくれた、すごくうれしかった。ひとつのことが解決したら、あとはなし崩しにどうでもよくなった。誰が何をやろうと。何を言おうと。
この日は今のところ自分の人生で、だいぶ重要な日になってる。でも俺は今、会社やめかけすれすれまできている。

その後、野外ステージの枠を争い、もめ事が起こったりしたが、俺はなるべく距離をとった。もうしんどい思いをするのはこりごりだった。だって、楽しむために音楽やってんだもん。
しかし、このもめ事が後々俺を苦しめることになるのだ。

俺は、学園祭の前に家でレッチリを聴きながらタコ踊りしてたら、くじいて右足の小指を折った。でも、なんかそれが張り詰めてるみんなの空気を和ませたっぽい感じがあるんじゃないかと自分で勝手に思っている。
松葉づえでパジャマ姿で病院から抜け出してきた設定で上がったステージは楽しかった。外人がノッてくれたのがうれしかった。
結局ナンバガはいろいろあってフジファになった、それもくそうまかった。まあ何とか無事にWINWINな感じで学園祭は終わった。

そこからの学園生活は、めっちゃ楽しかった。というか楽だった。
クリスマスライブで赤いスイートピーを奇妙礼太郎風に弾き語った。もう自分がすきな音楽しかやりたくなかった。それは周りも認めてくれた。

1月に入り松葉づえも外れた。俺は再び芝居がしたくなった。とある劇団のワークショップ兼公演に応募した。毎日、エチュードだった。自分のやりたいようにやらせてもらえた。でかい声をだすというその劇団の方針も俺にあった。3月の公演に向け準備は着々と進められた。

2月の軽音サークルでのライブ。井上陽水をやった。『氷の世界』、『傘がない』。京田辺の練習へ、みんなを実家の車に乗せて向かった。ラジオとか、ナンバガのCDとかを聴きながら。ギターのやつと向井秀徳の機材について話した。向井秀徳はディレイをコーラスっぽく使っているらしい。
 練習帰り、ドラムの後輩とギターのやつ三人でくら寿司へ行った。なんかかわいいなと思った。どうでもいい話をだらだらした。特におもしろくない話を。最近彼女とどうなん?みたいな。店内では星野源が流れていた。ちょうどアルバムを出した時期だ。
 でもそれがよかった。別に間が持った。ガシャポンをしたりした。すみっこぐらしのマグネットがあたった。「いらねー」と言いながら押し付けあった。そろそろいくか。帰ろうか。
 ああなんか、これが大学4年間で俺が手に入れたものなんだなと思った。なんの緊張もせず、楽に居れる空間。
 
 ライブはうまいこといった。枠が余ったので弾き語りをした。中島らもの『いいんだぜ』を絶唱した。
 打ち上げではちょっと気になる娘と変な距離になった。井上陽水のギターのやつが俺の中島らもを「エモかった」とほめてくれた。そいつはほんとにギターと音楽が好きで山ほどいろいろ知っている。だからほめてくれることがうれしかった。そいつとは学園祭の野外ステージでレッチリをやった。ジョンフルシアンテがお互い好きだった。
打ち上げ先にはカラオケがついていた。後輩のカップルにデュエットさせたり、俺が槇原敬之のものまねをしたり、最近先輩と別れた同回生の女が西野カナを絶唱したりした。
最後にクイーンのボヘミアンラプソディーを入れた、ギターのやつと一緒に歌いたかった。でもお互い全然覚えてなくてグダグダになった。でもだれも何も言わなかった。帰り、気になる娘とは、変な距離のままだった。心が浮かれた。ふかふかしていた。


ここまでが、俺のふかふかした日常を手にした物語。青春だねー。
さあこの調子で俺は大学生活の有終の美を飾ることができるのか???
次回、『ふかふかした日常と大学生活の鎮魂の話(地獄編)』、お楽しみに~



 








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